レンタルあやちゃん始めました

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指の隙間、胸の谷間(ショートショートその12)

 

 

 

「その日」は突然、そして当たり前のようにやってきた。

 

 

彼がこの部屋から出て行く。

浮気した女が妊娠したから別れてくれって、

私と過ごしたこの3年間は一体なんだったのか。

愛してるなんて、好きだよなんて、なんて都合が良くて意味のない言葉。

 

3年前、私は自分に自信がなくて、やりたいこともなくて、ただ漠然とそして淡々と日々を過ごしていた。

彼は同じデザイン会社の上司だった。

彼は私のデザインをいつも褒めてくれた。君には才能があると。私はそれが嬉しくて、仕事が楽しくなって、自分に自信がついてどんどん実績を積んでいき、1年前に独立してデザイン事務所を立ち上げた。彼も喜んでくれていると思っていたのに、それどころか面白くなかったらしい。

私はただ彼に褒められたかった。

仕事が軌道に乗ってきた矢先の、それだった。

 

 

相手の女は、まだ何もできない新入社員らしい。

彼は言った。

「君みたいに何でもできる女は可愛くないし、1人でも生きていけるだろう?彼女は僕が守ってあげなきゃいけないんだ。もう君とは会わないよ。最初から僕たち合わなかったんだ。明日出ていくよ。」

 

 

もう二度と会うことがないってまるでもういらないって言われたみたいで、私に価値なんてないんだって突き付けられたみたいで、それがとても悲しくて、

でも彼の前では絶対に泣きたくなくて、こういうところが可愛くないんだろうなって思いながら、

「そうだね、私は強いから大丈夫。今までありがとうお幸せに。」

精一杯の強がりを言った。

彼が寝てから私はお風呂の中でわんわん泣いた。

きっと相手の女はこういうときその場ですぐに泣いて、うまく甘えて繋ぎ止めるんだろう。

私から彼を容易く奪ったように。

だけどきっと悪いのは彼女でも彼でもなく、私に何かが足りなくて、私が引き起こしたことなんだろうなってぼんやりわかってる。

彼が運命の相手ではないことも、こうなるべくしてなったことも、ほんとはどこかでわかってる。

 

両手でお湯を掬い上げようとしたら、

それは私の手の隙間からこぼれ落ちてあっという間にすべてなくなってしまった。

それはまるで私と彼の時間みたいで。

それはまるで、彼の気持ちみたいで。

 

そしてそれは私の持て余した胸の谷間を簡単に通り抜けて、また元のお湯に溶けていった。

 

 

気持ちなんて目には見えないし、もしかしたら最初からなかったのかもしれない。

このお湯だって栓を抜いてしまえば最初から何もなかったみたいになる。そう、最初から何もなかったのだ。

浴槽しかない中に、お湯を入れて私たちはあたたまる。

 

見えないものを見ようとしても、このお湯みたいに掴めなくて、掬えなくて、とっておけない。

 

私は栓を抜いて、3年分の涙の溶けたしょっぱいそのお湯がなくなるのを最後の最後まで見届けてから、ほんの少し清々しくて痛々しくて、それから新しい気持ちで浴室を出た。

 

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