レンタルあやちゃん始めました

カフェ店員。手相、タロット、筮竹、恋愛相談、イベント企画、作詞作曲、歌、いろいろしてます♡

私の誤算。(ショートショートその⑧)

 

彼と暮らし始めて5ヶ月が経った。

正確には、彼の家に転がり込んで、5ヶ月。

 

彼は、いつもだいたい家か私がバイトしている海の見えるカフェで涼しい顔をしてパソコンをカタカタしている。

私は彼の仕事も、素性もよく知らない。

彼とはたまたま入ったバーで隣同士になって、どこか寂しそうな目に惹かれて話しかけたら意気投合して、酔った勢いで家に行って、そのまま住みついた。

彼の部屋はシンプルだけど洗練されていて、良い匂いがした。

 

私は彼が毎朝作るチーズの入ったスクランブルエッグが好きで、彼とのセックスが好きだ。

彼の黒髪パーマをくるくるするのが好きで、彼の朗らかさが好きだ。

眠るときにいつも、優しく髪を撫でてくれる大きな手が大好きだ。

 

 

彼は私の何が好きなんだろう。

私は彼に自分のことをほとんど話さない。

彼は無理に聞いてこないし、私はできれば話したくなかった。

 

 

いつものように手を繋いで寝ていると、彼が言った。

「あの日、君と出会えてよかった」

「どうしたの?急に」

「死のうと思ってたんだ」

「どうして?」

「わからない、なんとなく。こわくなった」

「驚いた、あなたみたいな人でもそんなこと思うんだね」

「思うよ、ときどき消えたくなる」

「私が、守るよ」

「それは頼もしいな。でも、君がいるだけで、生きたいって思ったんだ。」

「私、親に、縛られて生きてきたの。それで、逃げて、ここにきた。だから、生まれて初めてなの、だれかに髪を撫でてもらうの。」

「これからもずっと撫でるよ。」

「ふふ。それは頼もしいな。」

 

 

私は胸が痛くなった。

私の父は大企業の社長で、今まで何不自由なく暮らしてきた。

お金はいつも有り余っていたけれど、両親はいつも仕事仕事で、私の身の回りのことは家政婦さんがやってくれて、宿題は家庭教師の先生が見てくれた。

私は愛情を知らなかった。彼に出会うまでは。

 

そして、私は来月結婚が決まっている。

今の時代に信じられないけれど、いわゆる政略結婚だ。

でも私は今まで誰かを愛したことがなかった。

だから誰と結婚しても同じだし、私は父に逆らえないし、逆らうつもりもなかった。

それで、結婚前に自由な時間を半年もらい、誰も知らない都心から離れたこの街にひとりで来て、その日に彼と出会った。

 

 

私は彼を愛してしまった。それだけが誤算だった。

諦めることには慣れていた。本当は心理の勉強をしたかったけれど入る大学も学部も決められていたし、小さい頃から遊びたい友達とも遊ばせてもらえなかった。

それが私の人生だと思って抵抗もせず受け入れてきた。

 

 

それから1ヶ月後、大好きなチョコレートコスモスの花束と手紙を机に置いて、まだ暗い朝方に家を出た。

 

手紙には、こう書いた。

 

好きな人ができました。結婚します。

今までありがとう、ごめんね。

憎んで、忘れてください。

 

 

 

海の匂いがする、この街ともお別れか。

来世は一緒になりたいなあと考えながらとぼとぼ歩いていると、彼が追いかけてきた。

手には私が置いてきた手紙と花束を持っていた。

 

「どうして本当のこと言わないの?」

「、、、何が?」

「どうして黙って出ていくの?」

「、、、本当のことって」

「僕はあの日もう人生どうでもいいやって思ってたんだ。半年後に会ったこともない女と結婚する約束が決まってたから。ヤケになってさ。

でも君と出会って、やっぱり断ろうと思ってそのとき初めて相手の顔写真を見たんだ、目を疑ったよ、横で眠ってる君が写ってたから。」

「、、、!それいつのこと?」

「1ヶ月前だよ」

「あのとき、、」

「守るって言ったのは嘘だったの?」

「嘘なんかじゃない、守り方がわからなかった」

「君が話してくれるの待ってたよ」

「ごめん、私は結婚式当日に、あなたが私を攫ってくれないかなって、期待することしかできなかった」

「君はすぐ顔に出るしわかりやすいけどさ、でも、気持ちは言葉にしないと伝わらないよ」

「ごめんなさい」

「茶色いコスモスなんて珍しいな。たしか、恋の終わりの花だっけ」

「ううん。チョコレートコスモス花言葉は、移り変わらぬ気持ち」

「君らしいね、帰ろう?」

「私の人生で初めて、私の思い通りになった」

「これからはもっと好きに生きていいよ、今まで諦めてきたこと、ぜんぶしよう」

「帰ったら、いつものスクランブルエッグが食べたい」

「いいよ。でもさ、何も言わずにいったん離れて顔合わせで再会するのも面白かったかな?」

「もう、なんでそんなこというの!こんな手紙書いてほんとばかみたいだ、、、恥ずかしい」

「ごめんて、ほら行くよ」

 

 

水面に映る太陽の光がキラキラ眩しくて、私は目を閉じて、ゆっくり深呼吸した。

それから彼を追いかけて、もう自分から離したりしないって、強く手を握った。

 

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